救われるとか、癒されるとかについて。

johanne2003-11-16

一昨日、パチンコマンガ脱稿。昨日はだらだらと対都条例の会議。疲れた頭を切り換えるのも兼ねて、とびっきりの美女とデート。ハルナさん28歳、いきなり遅刻の電話。とりあえずカトリック高円寺教会でのグッズショップ開店記念パーティーに。

晴佐久神父のこと。

10年ぶりに高円寺教会にハレレが舞い戻ってきた。着任早々、寂れていた六角堂を天使グッズショップ「天使の森」に改装し、司祭館の壁を取っ払ってホールにしてしまった。カトリックの異端児・晴佐久正英神父には、結婚式の司式もお願いした。10年前のクリスマスイブ。ジーンズメイト高円寺店で起きたことは、僕にとっては「奇跡」だった。

そのころ、僕はエロマンガ家としてようやく、仕事も受けられるくらいになっていた。けれど、厳しいカトリックの家に育った僕には、そうして糊口をしのぐ生活にどこか、後ろめたさがあった。「告解(いわゆる「懺悔」のこと)」を済ませていないうちにクリスマスを祝うのはいけないことだ、と教えられていた僕は、教会に行こうかどうか思案して高円寺の街を彷徨っていた。

ふらりと入ったジーンズメイトでばったり、晴佐久神父と出くわした。
「クリスマスプレゼントを選びに来たんだ。」という神父は、その次に「今日はクリスマスだよ。来るよね?」と切り出した。

「いえ、俺、まだ告解済ましてないから、行けません。」としょぼくれて返事をすると、神父は真顔になり、
「なんだ、そんなことを気にして教会に来れないと言うのはいかんな。」と言うやいなや
「今までを振り返って、神様に謝りたいことを思い出して。」と。僕が従うと、目の前で十字を切り、
「父と子と聖霊との御名によって、あなたの罪を赦します。」
……そしてにっこりと笑うと、
「さぁ、これで障害はなくなったから、来るんだよ!」

カトリック信者ではない人間にとっては、あまりピンとこないかもしれない。有形無形の戒律に縛られた幼児洗礼の信徒にとって、この行為は目の前で奇跡が起きたのに等しいということだ。神父の秘蹟サクラメント)は絶対で、その恩恵にあずかるためには戒律を守って粛々と生活しなければならない、と教えられて育つのだ。救われるとか、癒されるとかと言うことは、個々人の温度差があるだろうが、少なくともその瞬間、僕は「大丈夫だよ」という、何某かの声を、確かに聞いたのだ。

その上、クリスマスのミサの説教では、その出来事をちゃっかりネタにされるというオチまでついた。
この晴佐久神父のお説教はウェブでも見ることができる。
http://homepage2.nifty.com/immanuela/hoshi/

田中美津さんのこと。

そういう体験をしたのは一度ではない。日本のウーマンリブ創始者であり、今は「れらはるせ」という鍼灸院をやっている田中美津さんとの出会いも忘れられない。

これも10年ほど前の話。当時、僕はフェミニズムに強い興味を持ち、その中から男性自身が自らの男という枷から解放されたい、という「メンズリブ」の考え方に近づいていった。僕が試行したのは、ヘテロの男がマイノリティであるという感覚を理解するために、ゲイコミュニティやフェミニストの集会に赴くことだった。「オコゲ男として勉強しに来ました。」という珍妙な来訪者を、多くの人々は手荒く、しかし優しく迎え入れてくれた。

ある日、新宿で開かれたトークセッションに田中さんが出るというので、かぶりつきで見に行った。田中美津の「いのちの女たちへ−とり乱しウーマンリブ論」(河出文庫)を読んで衝撃を受けていた僕は、二次会の席で田中さんを独占し、自分の思いを、それこそとり乱して訴えた。じっと話を聞いてくれた田中さんは、僕の呪縛をたった一言で解いてくれた。

「そうか、キミは自分以外の何者かになりたいんだね。」
「けど、自分は自分にしかなれないよ。たった一人の、くだらないけどかけがえのない自分にしか。」
多くの人間が、自分をそうやって認めることができないでいる。けれど、認めることからしかはじまらないのだ。僕は、その瞬間からずっと、その言葉の意味を反芻しながらマンガを描いている。

「男に田中美津がわかるのかしらぁ?」と「自称フェミニスト」に嘲笑されたこともある。オロカモノメ。その嘲笑こそが罠だと気づけ。多くの頭でっかちのフェミニストはあやしげな新著の理屈を詰め込む前にまず、田中美津を読め。