一期一会。
徹夜明けで焦点の定まらない眼に突き刺さったのは、新聞の訃報だった。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0302/001.html
その名前は、確かに記憶に残っていた。といっても、ご本人と直接知り合いだったわけじゃない。
もう、15年以上前の話だ。当時僕はフリーターで、イベント会場の仮設テント業も手伝っていた。ある日、大きな現場の話を振られた。新島で開かれるサーフィンとウィンドサーフィンの国際大会の会場設営と保守管理の仕事。一ヶ月弱、島に留まる経験なんて滅多に出来るもんじゃないと飛びついた。
新島に降り立った瞬間に、牧場の匂いがした。実際は牧場の牛糞ではなく「くさや汁」の香りだったのだが、なんせ道産子ですからそう錯覚したもので。会場となる砂浜に着くと、今度は強烈なクローブの芳香。サーファー御用達の「ガラム」の薫りだ。民宿でカメノテのみそ汁とアシタバのおひたしを掻き込み、一日中汗を流したあとには試練の徹夜麻雀。そんな若造が、一人の女性に心奪われた。
サーファーってのは独特のスタイルがあって、ヤンキーというほどではないけれど、どうにも肌が合わない感じがして引いていた。そばかすだらけの派手目のギャルに混じって、一人だけ、少し雰囲気の違う女の子がいた。何がきっかけだったかよく思い出せないのだが、仕事の合間に、彼女と親しくお話しするくらいになった。快活で清楚な「ヒロコさん」と仲良くなれたことで、このボンクラ野郎は一人舞い上がり、センパイ方を差し置いて役満ツモるくらい、島の生活を楽しむようになった。
大会も終わりにさしかかった頃、意を決したボンクラは、ヒロコさんにコクるつもりでデートに誘った。ヒロコさんはにこにこしながら、しばらくしてウィンドサーフィンの専門誌を見せてくれた。その表紙には、ウェディングドレスのヒロコさんと、二枚目のタキシードを着た青年がウィンドサーフボードに乗っていた。
「これ、ウチのダンナなの。」
ちゅどーん。
見事なまでに玉砕したのに、ヒロコさんの想い出は長く、幸福な記憶として残っていた。一度だけ、海外ツアー中の写真のついた絵はがきももらった。思えば、あれが何かの転機だったかも知れない。
飯島寛子さん。あなたも、夏樹さんも、とても優しく接してくださったことを忘れません。漫画家への夢を語ったときに、あなたは笑うどころか、強く励ましてくれました。おかげで、僕はいま、何とか夢の端っこに辿り着いて生きています。
飯島夏樹さんのご逝去を心からお悔やみ申し上げます。
今度は、彼方から僕の方が、寛子さんとご家族に励ましのエールを送ります。
- 作者: 飯島夏樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/07/31
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