田中美津さんのこと。

そういう体験をしたのは一度ではない。日本のウーマンリブ創始者であり、今は「れらはるせ」という鍼灸院をやっている田中美津さんとの出会いも忘れられない。

これも10年ほど前の話。当時、僕はフェミニズムに強い興味を持ち、その中から男性自身が自らの男という枷から解放されたい、という「メンズリブ」の考え方に近づいていった。僕が試行したのは、ヘテロの男がマイノリティであるという感覚を理解するために、ゲイコミュニティやフェミニストの集会に赴くことだった。「オコゲ男として勉強しに来ました。」という珍妙な来訪者を、多くの人々は手荒く、しかし優しく迎え入れてくれた。

ある日、新宿で開かれたトークセッションに田中さんが出るというので、かぶりつきで見に行った。田中美津の「いのちの女たちへ−とり乱しウーマンリブ論」(河出文庫)を読んで衝撃を受けていた僕は、二次会の席で田中さんを独占し、自分の思いを、それこそとり乱して訴えた。じっと話を聞いてくれた田中さんは、僕の呪縛をたった一言で解いてくれた。

「そうか、キミは自分以外の何者かになりたいんだね。」
「けど、自分は自分にしかなれないよ。たった一人の、くだらないけどかけがえのない自分にしか。」
多くの人間が、自分をそうやって認めることができないでいる。けれど、認めることからしかはじまらないのだ。僕は、その瞬間からずっと、その言葉の意味を反芻しながらマンガを描いている。

「男に田中美津がわかるのかしらぁ?」と「自称フェミニスト」に嘲笑されたこともある。オロカモノメ。その嘲笑こそが罠だと気づけ。多くの頭でっかちのフェミニストはあやしげな新著の理屈を詰め込む前にまず、田中美津を読め。