中国と向き合うために。

毛沢東が大好きな僕が、決定的に中国に対する不信に転じたのは、3年前に経験したある場面からだ。

これまで書く書くと言いながら、公式文書にするまで辛抱していたのだが、このままでは事実そのものが風化するおそれがあると思い、ここに記す。

2002年10月に横浜で「アジアMANGAサミット日本大会」が開催された。そのなかで僕は「表現の自由」をめぐる分科会での発表とシンポジウムでの発言を任された*1。僕と鎌やん、八的暁というエロマンガ家風情が「日本代表」で講演するというなかなか笑える話だ。何せ、韓国代表はあの李賢世*2センセイ。日本、韓国、中国、台湾、香港のマンガ家がそれぞれの状況を説明し、討論するという内容になる、筈だった。

分科会では日、韓、中の同時通訳が用意され、各作家の発表の後、シンポジウムという流れ。李賢世さんの表現弾圧事件の顛末は迫真に迫るものだった。続いて我々があたふたと発表をし、台湾、香港、中国の作家の発表の番になって、奇妙なことが起きた。台湾、香港の発表を中国側が連れてきた通訳が、あからさまにちゃんと翻訳していないのだ。李先生も気づいたようで、明らかに不快感を示している。特に、表現規制の状況を説明しているあたりは、レジュメが回っているので通訳の説明が端折っているのは誰が聞いても明白だった。(何?何が起きているの?)僕らの疑問は徐々に解けていく。

中国代表の発表は、あらかじめ渡されたレジュメと激しく異なり、延々と中国漫画界の未来像だのを一方的にまくしたてる「官僚原稿」そのものだった。本当にどうでもいいことをだらだらとしゃべり続け、表現の自由に関することなど皆無。各人の持ち時間を無視して続く演説に、あっ…と、気づいた。彼らは意図的に台湾、香港の作家さんの翻訳を制限し、無意味な発表で討論の時間を削ろうとしている。結局、午前中の討論はほとんどつぶれてしまった。

それだけではなかった。午後の討議の時間になっても、中国側は姿を見せなかった。バックレたのだ。台湾と香港の作家さんは明らかに萎縮していた。議論は李先生と僕らの対話に終始し、形だけ見れば「表現規制が顕著なのは日韓の問題」という図式になってしまった。こんなところで「政治」が張られているという事実は、僕らを打ちのめした。「表現の自由」を語る場で口封じをするのが中国のやり方なのか。

その晩、居酒屋で交流会が開かれた。中国側はやはり、来なかった。すると、僕らの方にさっき一緒だった台湾の作家さんが近づいてきた*3。彼は僕らの手を固く握りながら「皆さん、ありがとう。私はあなた達に賛成です。あなた達の活動を支持します。」と、何度も繰り返した。香港の作家さんも、僕らの肩を抱き、満面の笑みで応えてくれた。涙が出そうになった。

あとで知ったのだが、この「中国代表」は河南省のグループで、最終日にいきなり「次回のアジアMANGAサミット中国大会は河南省開封に決定しました!」とぶちあげ、実行委員会を驚愕させた。しかも、河南省観光協会のパンフレットを配布し、そこにはへたくそなスーパーマンのパクリイラストが掲載されているというお粗末さ。結局、地方官僚の暴走と言うことで、中国大会は昨年、北京で開かれた*4



僕らはもっと、腰を据えてこの「巨大なイナカモノ国家」と向き合わなければならない。「彼らに著作権を教えるには、人権と言わずに『守った方がゼニになりまっせ』と説明した方が効果的だ」とのたまった方がいて、なるほどと得心した。つまり、そーゆーことなのだ。


*1:当日の発表原稿は「連絡網AMI」のウェブサイトに上がっている。http://picnic.to/~ami/repo/bunkakai.htm

*2:韓国漫画界の重鎮。「恐怖の外人球団」など著作多数。「天国の神話」というマンガをめぐって当局に弾圧され、徹底抗戦の末、無罪を勝ち取っている。

*3:思案したのだが、先方に迷惑がかかる恐れもあると考え、台湾と香港の作家さんは匿名にした。

*4:単純にこいつらがお粗末と言うだけでは割り切れないだろう。河南省は多くの人口を抱えながら、内陸部と言うことで経済発展から取り残されている。中国大陸における沿岸部と内陸部の経済格差の深刻さが、彼らを焦らせたとも考えられる。いずれ、この北東・沿岸部と南西・内陸部の格差が中国の瓦解を呼び起こすかも知れない。「反国家分裂法」に関しても、個人的には台湾問題だけではなく、大陸本土が抱えている危機への対処も含まれていると推測している。